2009年11月28日土曜日

矯正歯科卒後教育



 日本の卒後研修、それも国立大学歯学部の矯正歯科について考える。

10年ほど前だったか、国立大学の歯学部でも大学院大学化がなされた。大学卒業後は1年間の卒後研修を経た後、医局に入局するわけだが、その際、大学院の入学を勧められる。大学では毎年大学院数の定員があり、それにどれだけ充足しているかで大学が評価されるからだ。矯正歯科でも入局希望者はほとんど大学院入学を条件づけられるため、研修医の1年に加えて、大学院の4年を終了して初めて医局に入局できる。

 私がいたころは、当然研修医制度もなく、大学卒業後は医員として医局にすぐに残る。給料は少ないがなんとか自活できるため、新人研修や研究の手伝いをしながら、臨床を学ぶ。大学によって違うが、だいたい2年くらいの新人研修が行われ、鹿児島大学では当時、グループ診療、グループ全体で患者をみる、ことが行われており、すべての患者の検査と治療をこの新人が行う。当然、外来長およびグループ長の指導を受けながらであるが。1年間に数百人の患者を見ることになるため、ほとんどの症例をこの期間に体験できる。一方、このグループ診療の欠点は、患者の治療を断片的にみるため、ひとりの患者を最初から最後まで見ることができない。認定医の取得のために、私が外来長のときに、担当医制度を導入した。それでも最初の2年間の研修期間中には50人程度の患者は配当できたし、私自身もやめていった先輩の引き継ぎ患者も含めて200人程度も担当していた。

 当時は、医員と大学院生は半分くらいであったが、それでも同じシステムで両者を教育するのは大変難しかった。大学院生では4年で研究を終了しないといけないため、かなり研究に時間をさかれ、臨床には手が回らない状況であった。一方、医員には、医局の雑用が押し付けられ、また研究費も大学院生に重点的に割かれるため、なかなかできない。私のような叩き上げで大学院も出ていない者にとっては、実に腹が立つことが多かった。というのも大学院を出て、いよいよ雑用をしてもらおうという時期にやめる人も多く、そうかといって、大学院卒業した時点では、その期間4年間を医員として過ごしたひとでは、臨床能力にずいぶん差があるからだ。海軍士官学校出たてのパイロットと叩き上げのパイロットの関係に近い。

 今や矯正歯科に入るひとはすべて大学院生であるため、新人教育も統一されてきていると思うが、それでも研究と臨床を同時にするのは難しく、4年いても臨床のみ2年に足りないかもしれない。また大量の大学院生も受け入れるため、研究テーマも種が尽きてしまい、同じようなテーマのものが多くなってしまう。最近では、大学院の論文も英語で英文誌に投稿されることが求められるの、ますます基礎のそれも結果のだいたいわかったものが多くなってきている。これ自体は研究者の基本を学ぶ上では、重要であるが、もともと歯学部の大学院生は臨床を学ぶためにはいったので、こういった基礎研究には興味がなく、博士号をとると、その分野の研究からおさらばするひとも多い。また理学部などの他の理系大学院に比べると、歯科ではただ一編の研究、論文で博士号が取得でき、その意味でもおそまつと言える。
 アメリカ、ヨーロッパでも、医学、歯学は臨床学であり、まず臨床を学ぶのが中心となる。将来、大学教授を目指すものだけが、ある程度臨床をマスターした後、興味のあるテーマを見つけてPh-Dの資格を目指す。そのため欧米の研究者で日本の博士号に相当するPh-Dを持つものはほとんどいない。彼らからすれば、外科医になぜ組織培養の研究がいるのかということだ。一方、日本では明治以来、医学部では博士号の権威は高く、大学は講師以上では博士号がないとなれない、病院でも部長には博士号がないとダメ、給料も違った。
 ところがここ数年、日本でも博士号より、専門医を重視した考えが増え、今や医学部では大学院にいくよりは、より色々な病院を廻り、臨床能力を高め、専門医を取得するのを目指すひとが増えてきた。患者にとっても、医者にとっても、病院にとっても組織培養の専門家よりは心臓外科の専門医の方が役立つからである。当たり前のことである。

 こういった状況であるなら、大学も思い切って臨床中心の卒後教育を考える必要があろうが、大学教授自体が旧来の大学院を出た博士号所持者なので、なかなか変革ができないのが現状であろう。外科系は、体力的には30、40歳台が最も吸収が早く、この時期、4年の大学院教育は時間の無駄なような気がする。矯正歯科についても、大学6年、研修医1年、大学院4年の計11年を経て、初めて専門医教育のスタートにたてる。あまりにも廻り道ではないであろうか。こと臨床について言えば、アメリカの3年の専門医教育のレベルはおそらく大学院卒業後5年くらいのレベルであり。アメリカで3年で行われていることが、日本では実に10年かかることになる。さらにアメリカでは一般大学卒業後、一旦就職し、金をため、医学部に入り、卒業後は一般医に勤務して、金をため、今度が専門医になるということもよくあり、同じ10年かかったとしても、臨床医としては人間的な成熟度では格段の差がでる。

 神戸大学医学部の整形外科からIPS細胞の先駆者となった山中教授のようなひとも出ているため、医歯学での基礎を中心とした大学院教育を一概に否定はできないが、時代の流れから、臨床を主体とした卒後教育のあり方が問われている。特に矯正歯科の分野ではそもそも見る患者がいないという抜本的な問題を有しており、欧米のような料金を半分にするといった仕組みを作らないと、矯正歯科の専門医の能力は低下していき、専門性自体が無意味のものになると思われる。

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