2010年10月5日火曜日

歯根吸収



 いかなる医療行為においても、100%安全、害を与えないものはない。薬を飲んでも、副作用があるように、矯正治療においても、治療そのものが害を与えることがある。

 ひとつは、歯の表面に装置を付けるため、歯ブラシによる清掃が難しくなり、虫歯が歯肉炎のリスクが高くなる。患者さんによっては、治療中に虫歯になるケースもある。ただこれは患者さんがきちんと歯みがきをし、フッ素塗布と併用することで防止できる。

 もうひとつの問題点は、矯正治療により歯の根っこが短くなる、歯根吸収がある。ひどいケースになると、矯正治療終了後のレントゲンで、全歯の根っこの長さが始めの1/3以下になることもある。このようなケースでは、歯は常に動揺があり、将来的に歯周病になり骨の高さが下がるようになると、抜ける可能性もある。

 それではこの矯正治療による歯根吸収の頻度はどのくらいあるかというと、高橋矯正歯科診療所の中村進先生の調査によれば(歯根吸収に関する臨床的考察 1997)、明らかに根の吸収が認められる2度以上(0度:根吸収なし、1度:疑わしい)の頻度は、治療前で約20%、矯正治療後で約80%だったとしている。歯根の吸収が1/4以上ある4度の頻度も5%近くあり、また歯の種類別では上下の前歯に集中している。不正咬合の種類では開咬(前歯が空いている)や上顎前突(出っ歯)の症例で多く、治療開始年齢が高く、治療期間が長いほど、歯根の吸収も憎悪する傾向があった。程度の差があっても、ほとんどの症例で歯根吸収があり、これは私のところでも同様である。

 この原因については、はっきりしない。最近の研究では、歯の移動においては常に骨だけではなく、歯根表面でも吸収と添加が繰り返されるが、骨の吸収が少ないと、歯根表面に強い持続的な応力がかかり、歯根の破折、吸収が起こりやすくなる(歯根吸収における生物学的考察 W.E Robertsら 2004)。これはIL-1B対立遺伝子の型による遺伝子要因が関与するとされている。歯根吸収しやすいひとと、しにくいひとがいるようである。すなわち歯の移動に際して、動かした方向の骨の改造がすばやく、動きやすいひとでは、歯根表面の吸収は少なく、逆に歯の移動がしにくいひとでは歯根の過大な力がかかり歯根が吸収してしまう。もともと歯根が短いひとや、歯根の形が変形しているひとでは吸収が起こりやすく、逆に根っこの治療をしている歯では吸収は少ない。結紮を必要としないセルフライゲーションブラケットでは根吸収は少ないとされ、矯正用インプラントを用いた治療法では根吸収は多いとされている。さらに言うと、治療期間が長いほど根吸収の頻度、程度は増大する。また歯の移動距離が長いとそれだけ歯根吸収も大きい。小児より成人の方が根吸収しやすく、歯を動かす力が大きいほど根吸収しやすい。

 歯根吸収の多くは、根っこの先の方、いわゆる根尖というところに見られ、とんがっている歯根が吸収されて丸くなる。この理由としては、歯は歯冠という歯茎からでている頭の部分と、骨の中に潜っている胴体部の歯根に分かれる。矯正治療ではこの歯冠の部分に矯正装置をつけてワイヤーやゴムの力で歯を動かす。土の中に木が植えられ、それを動かすようなものである。この場合、力の中心は歯根の2/3くらいになるため、てこの原理で根尖部へ過大な力がかかりやすい。一方方向への動きであればいいのだが、咬む力や舌の力、ほっぺの力が歯の動く方向とは逆の力として働く場合、そういった反復性の過重、いわゆるジグリングと呼ばれる動作が歯の疲労破折を起こし、根尖部の根吸収をおこす。こういうことで矯正治療による歯根吸収は根の先、根尖におこる。

 歯根の吸収がおこっても、ほとんどの場合、問題はないが、吸収が大きい場合は、治療目標を変更して、妥協的な治療法に切り替えることもある。そのために治療途中にもレントゲン写真を撮り、必ず歯根吸収はチェックする。

 よく床矯正やインビザラインのような取り外しのできる装置、あるいは非抜歯による治療は、歯根吸収は少ないとされているが、これは単にこれらの治療ではあまり大きな歯の移動を行わないからであり、どのような矯正治療においても歯根の吸収は起こる。できるだけ弱い力で、短期間で治療する、あるいはあまりこまめにワイヤーを変えないようにして治療をしているが、あごの華奢な患者さんではあごが小さく、華奢だけでなく、歯冠は大きいのに歯根は細く、短いということがよくある。こういった歯根の大きさや太さは、患者によりかなり差があり、大きな歯根では多少根が吸収しても全く問題がないが、もともと短い歯根では治療による歯根吸収の影響が大きい。歯の大きさ、歯根の大きさは遺伝的に決まるとされているが、白人に比べて日本人ではどうも歯根は短い。白人は頭が小さく、足が長いのと同じように歯冠は小さく、歯根は長い。それに対して、日本人は頭が大きく、足が短いように、歯冠は大きく、歯根は短い。最近の子供は昔の子供に比べて足も長くなり、スマートになってきたが、歯根はむしろ昔より短く、細くなっているようで、そういった意味では日本人の矯正治療は難しい。歯根の吸収にも気をつけないといけない。

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