2015年7月16日木曜日

日本の歯科医療




 アメリカに住む日本人にとって、とりわけ心配なのは、病気になった場合である。医療費が高く、一旦病気になると信じられないくらい費用がかかるためである。とりわけ歯科については、かぶせていた歯が急にとれたり、痛くなったりするため、慌てることになる。虫歯で直した前歯の差し歯が急にうずいて、寝むれない。近くの歯科医に予約をとり、来院する。ざっと見た歯科医は、この歯は歯根の奥の方に膿みがたまっていて、まず歯根の治療をしてから、上の差し歯を作りなおすか、抜いてインプラントをするかと説明する。歯根の治療をする場合は、その専門医で治療してもらってから差し歯の治療をすると。

 そして見積もり金額が呈示される。検査の費用3万円、歯根の治療に10万円、差し歯に20万円の計33万円、あるいは抜歯に3万円、インプラントと上部構造に30万円の計33万円かかる。アメリカの民間保険では一般的に歯科は含まれないことが多いが、歯科を含めた高額な保険の場合でも、全額保険でカバーできず、この金額の半分くらいがカバーされる。1本、歯が痛くなるだけで、給料の大半がなくなる。これは大きな出費である。さらにいうと、こうした治療が日本の歯科医療に比べて格段に優れているかというと、疑問であり、アメリカでもピンからキリまでの先生があり、優れた先生のところでの治療はさらに高い。

 これに対して、日本では、歯根の治療をして差し歯を作り直す費用は、大体2、3万円くらいでアメリカの1/10くらいと考えて良い。日本の保険制度ではもともとの診療報償がアメリカに比べて安く、その1/3くらいで、さらに窓口支払いは、その3割となる。他の治療も概ね同じである。アメリカに比べて日本の歯科治療ははるかに安く、日本に住むアメリカ人はほとんど、この安さと治療内容に感激する。たったこれっぽっちの治療費でいいのか、だましていないかと逆に怪しまれる。また海外に住む日本人の中には、日本に帰省時にすべての歯科治療を完了させるという人も多い。

 日本ではこうした優れた保険制度が長年続いたため、そのありがたみが薄れている。一人の診療時間が短い、治療が乱暴である、サービスがなっていない、診療がへただといったクレームが多く、さらには安い診療費も払わない患者もいる。ハンバーガーが百円で買えるのに、ちょこっと治療しただけで、千円も取られる。何と高いんだ。明細書を調べて、こんな治療、検査はしていない、返金しろとせまる人もいると聞く。さらにはアマルガム(水銀)という奥歯に詰めているものを削ると、銀と勘違いしているのか、削ったアマルガムを返せとどなる人もいる。

 日本の医療は、多くの患者を沢山みて薄利多売により安い診療報酬で治療をしている。医者は金持ちだという人もいるだろうが、アメリカでは日本の患者の数分の一で同じ収入を得るのだから、よほど日本の医者の方が忙しく、肉体、精神的にはきつい。歯科にいたっては、歯科医数が増加して、患者が減り、薄利多売ができないため、収入が減り、今や歯科医師(勤務医)の年収は450-800万円となっている。月収で30-50万円、初任給は15-25万円くらいで、開業医でも年収は1000万円くらいである。朝9時から夜9時まで働き、これである。ラーメン店でも年収1000万円の越える店主は多い。歯科医の場合、6年間の歯科大学の授業料、生活費などが5000万円、そして開業資金としてはビル開業でも3000万円以上かかる。こうした出費があって、なお開業、勤務後の収入がこうなのである。こうした状況をアメリカ人に言えば、クレージと言われる。
 
 一部の歯科医を除く、多くの歯科医はこうした状況にも関わらず、非常にレベルの高い治療を提供している。確かに高級フランス料理店の味、サービスはできなくとも、庶民が日常食べる食堂よりははるかに安くて、いいサービスをしている。最近では、社会保障の行き届いたヨーロッパも医療費高騰に悩み、歯科の負担率(日本では20%)を上げたり、保険が適用できない治療を増やした。ドイツなどでも、もともとの診療報酬自体が日本より高く、さらに専門医制度があるため、前に述べた歯根の治療などは専門医に回され、費用も10万円以上かかる(アメリカ並み)。デンマークも18歳以上の歯科治療は保険がきかず、イギリス、フランスも同様で、最近では安い東欧に治療に行くひとも多い。おそらく先進国の中では日本の医療費が最も安いのではないだろうか。そうした意味では、日本の歯科医療は、かなりお得な治療と言えよう。是非こうした現状は理解しておいた上で、日本の歯科医療について考えてほしいし、そのありがたみを是非とも守ってほしい。

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