2015年8月1日土曜日

「新編 軍艦武蔵」

 「新版 軍艦武蔵」(手塚正己著、太田出版)を読んだ。上下で1200ページを越える大著で、速読の私ですら、読了まで丸2週間かかった。上下でおおよそ10cm、辞書なみの厚い本で、読んでいて腕がしびれほどである。よほどの戦記もの好きでないと、値段もあるが、その厚さに躊躇するであろう。それでも内容は誠に読みやすく、戦艦武蔵のノンフィクションの金字塔となる作品である。著者の手塚さんには敬意を表する。

 戦艦大和、武蔵の建造費は合わせて一億三千万円、昭和17年の国家予算が総額で244億円なので、約0.5%となる。三号艦の信濃もいれれば、建造費は総額で2億円近くかかることになり、現在の国家予算の80兆円から換算すると、大和型3艦で、6000億円くらいとなろう。1艦が2000億円というとかなり高いように思われるが、海上自衛隊の最新イージス艦あたご型の建造費が1680億円であることを考えると、これは驚くほど安い。駆逐艦の建造費は戦艦の1/10程度とされ、一隻200億円くらいとなり、イージス艦並みの10000屯、昔の軽巡洋艦と考えれば、駆逐艦の二倍としても400億円で、ほぼ1/4くらいの値段となる。日本海軍の主要戦闘機、零戦の制作費は数億円といわれ、最新のF35200億円くらいすると考えると、近代軍隊の装備品が昔に比べていかに高騰しているか理解できよう。

 それにしても「軍艦武蔵」を読むと、最後の戦いのレイテ沖海戦まで、ほとんど戦闘行為をせず、トラック、パラオに泊まっていたにすぎない。同型艦の大和が“大和ホテル”と揶揄されたように、建造後、あまりに石油を食うため(駆逐艦の10倍)、ほとんど停泊しただけに等しい。太平洋戦争の全般で、使い道が最後まで分からずお荷物になっていたのは事実である。さらに言うと、同型艦で空母に改装された信濃にいたっては、処女航海で数発の魚雷をくらって沈没した。まことに費用効果比は低い。

 こうして見ると、武蔵の場合のハイライトは唯一と言ってもよいレイテ沖海戦しかなく、戦記としては上下二册の大部となる内容ではないが、乗務員、周辺を詳細に描くことで、読み応えのある内容の濃い作品となっており、著者の力量を示す作品となった。おそらくこれ以上の戦艦武蔵を扱う作品は今後とも出ないであろう。

 全体を読み、印象深かったのはアメリカ海軍の潜水艦と日本海軍の駆逐艦の活躍である。これら海軍の亜流の艦艇の活躍が目を引く。アメリカ海軍は太平洋戦争を通じて、ほぼ一種類の潜水艦、ガトー級、77隻で戦った(および改良型のパラオ級)。設計的にはそれほど目新しいものではないが、信頼性の高い船体で、太平洋戦争を通じて、空母大鵬、翔翮、信濃(パラオ級)などの他、多くの輸送船を撃沈し、その通商破壊活動は、日本の息の根を止めた。非常の費用効果比の高い艦艇であった。一方、日本海軍の駆逐艦は、高性能魚雷による攻撃型のものより、哨戒、護衛に適した“松型”が適しており、早い時期での同型艦の大量建造をしなかったことが悔やまれる。もっぱら輸送と救助に尽力した。本書で紹介されている野村中尉が最後に乗船した松型駆逐艦、“柳”では乗員200名のほとんどが沈没経験をしており、艦長は2度の沈没をして「俺の艦は沈むよ」と言ってはばからなかったが、50機以上の数度の来襲にも、最後は沈まずに終戦を迎えた。武蔵の乗員の多くは、武蔵沈没後も過酷な戦いをし、生き残ったものも運がよかったと語っているのが、全編を読むとその理由がわかる。


 日本海軍は戦後、解体されたが、戦艦武蔵の反省に立ち、海上自衛隊が費用効果比の高い駆逐艦と潜水艦に建艦をしぼったのは正解であり、2000億円のイージス艦も搭乗機も含めれば1兆円を越える空母も潜水艦からの1から数発の魚雷でおじゃんになるのは、本書に描かれて戦艦武蔵と全く同じであろう。兵器が高価になるにつれ、ますます怖くて使えないというのが、実際であろう。中国も数隻の空母を造船中であるが、本当の戦争になれば、今の防御態勢では出港は難しい。

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