2016年10月23日日曜日

190cmないと良いGKとは言えない


 日本代表のハリルボジッチ監督は、「現代フットボールでは身長が190cmないと、良いGKとは言えない」という発言をして、論議が起こっています。実際、ヨーロッパの強豪クラブで活躍しているGK190cm以上ですので、この意見は正しいと言えます。ただ日本のGKに当てはまるかというと。

 先々週から暇を見つけて読んでいる本があります。「孤高の守護神 ゴールキーパー進化論」(白水社、2014)で著者はサッカージャーナリストのジョナサン・ウィルソンという方で、385ページという大著で、これほどGKだけを主題とした本は知りません。よくこれだけ調べたというのが率直な感想で、サッカーの始まりから現在までのGKの歴史、名選手、国によるGKの扱いなど、実に詳細に書かれており、さすがサッカー発祥の地、イギリスの作家だと思いました。

 この本にはGKの身長について書かれているところがありますので、一部、抜萃します。
『「ゴールキーパーは身長183cmでなくてはならない。その身長なら強いという印象を与え、垂直、水平両方向の広い範囲を易々とカバーできる。その身長より低く小柄であることはハンディになる。反対にそれ以上あまり背が高くてどっしりした体型のゴールキーパーは、小柄で敏捷性のある相手に俊敏に走り込まれたり、低いシュートを打たれたりすると不利だ。そして若さが持つ敏捷性と、ベテランの賢さを合わせ持たねばならない」1906年のザ・タイムズ紙でリー・リッチモンド・ルースが書いたゴールキーパーの条件から、今もあまり大きく変わっていない。今なら理想とする身長を、あと七、八センチ足したほうがいいだろうが、本質的な部分では同じだ。ピーター・シルトン(注:イギリスの代表的なGK)は183cmで、近代サッカーが強迫的にとらわれる高身長にはこだわらなかった。「190cm以上ないといけないという説もあるが、個人的にはそうは思わない」と彼は言った。「196cmになると、183cm以下の選手より敏捷性があって、足がよく動くというわけにはいかない。ただ身長が低すぎるとこれまた困難だが、190cmを越える必要はない。」』

 多くの名GKを輩出してイギリスの意見を反映しています。ここでイギリス人に平均身長を調べますと、177.6cmに対して日本人の平均身長は170.7cmです。ちなみにアジアでは韓国が173.7cm、 中国は172.1cmです。大体7cmくらい低いことになります。となると日本人では身長190c以上の男子の割合は非常に少なく、さらに瞬発力、反応能力はまでいれると、該当する人はほとんどいないことになります。であれば185cmくらいのGKで戦うしかありません。

 ただ残念なことにアジア人は身長が低いだけでなく、手の長さも短く、「孤高の守護神」の本の中には、アジア人のGKとしてはオマーンのアル・ハブシしか取り上げられていません。アル・ハブシ選手は身長、194cmで、GKでも大型の選手です。日本のGKの歴史をひもとくと、メキシコ五輪で活躍した横山謙三選手は175cm、松永成立選手は180cm、川口能活選手は179cm、楢崎正剛選手が187cm、川島永嗣選手が185cmで、最近の西川周作選手が183cmとなっています。本では取り上げられていませんが、アジアで最も優れたGKはサウジアラビアのデアイエと思っています。デアイエの身長は188cmで、ヨーロッパの強豪クラブに行かなかったので取り上げられていませんが、その反応、瞬発力は驚異的です。

 最初に戻りますが、確かにGKの身長は高い方が有利でしょうが、世界最高のGKであるスペインのイケル・カシージャス選手の身長が185cmであることを考えると、185cm前後の日本のGKでも正確なポジショニングと反応性、広い守備範囲を持てば、世界的なGKになれる可能性があります。多くの日本人フィールドプレーヤーが海外で活躍しています。ただ川口選手、川島選手のように海外に挑戦したGKもいますが、成功していません。言葉の問題だけでなく、GKの出番は正GKが怪我をしたといった緊急の出場に活躍し、その後も一回でもミスをしないという極めて厳しい条件がつきます。FWではイージーシュートを失敗しても誰も責めませんが、GKの場合は交代され、使ってもらえません。精神的な強さと頭のよさも現代のGKには求められています。
 私は、名古屋グランパスの楢崎選手が好きですが、動画で示すシルトン選手の最後のシーンのようなセービングができれば、彼も世界で通用したと思っています。


*「孤高の守護神」にはおもしろいエピソードがたくさんあります。笑ったのは、ノーベル物理賞をもらったニールス・ボアはデンマークの代表GKであったが、何でもないシュートを取り損ねた上、「数学的問題に熟考中」だったと打ち明けたので、代表メンバーから外されたという話や、カシージャスの母親が妊娠中、アパートの外で物乞いをしていた靴職人から「あなたの息子は偉大なゴールキーパになる。偉大なゴールキーパを輩出するバスクの殿堂に入るだろう」と予言された話などがあります。またGK出身の有名人には多くの知識人がいます。フランスの作家アルベート・カミュー、アンリ・モンテルラン、ロシアの詩人のウラジミール・ナバコフ、エフゲニー・エフトゥシェンコ、イギリスの作家コナン・ドイル、変わったところではチェ・ゲバラや教皇ヨハネ・パウロIIもいます。

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